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長野地方裁判所松本支部 昭和34年(ワ)122号 判決 1961年1月16日

原告 黄古斗 外五名

被告 美谷青森 外一名

主文

被告等は各自原告金白圭に対し金二十四万五千円、その他の原告等に対し各金二万円およびこれらに対する被告美谷青森については昭和三十四年十一月二十五日から被告土屋石油株式会社については同月二十四日からそれぞれ完済に至る迄年五分の割合による金員を支払え。

原告金白圭のその余の請求はこれを棄却する。

訴訟費用はこれを二分し、その一を原告金白圭の負担とし、その余を被告等の連帯負担とする。

この判決は被告等各自に対し原告金白圭において金五万円の、その他の原告等において各金四千円の担保を供するときは、仮にこれを執行することができる。

事実

原告等訴訟代理人は、「被告等は各自原告金白圭に対し金五十万円、その原告に対し夫々金二万円および夫々これに対する訴状送達の翌日(被告美谷青森については昭和三十四年十一月二十五日被告土屋石油株式会社については同年十一月二十四日)より完済に至る迄年五分の割合による金員を支払え、訴訟費用は被告等の負担とする」との判決ならびに担保を条件とする仮執行の宣言を求め、その請求の原因として

一、原告黄古斗は訴外亡金学斌の妻、原告金白圭は右学斌の長男、原告金寅圭は学斌の二男、原告金漢圭は学斌の三男、原告金恵淑は学斌の長女、原告金英淑は学斌の二女であり、被告美谷青森は被告土屋石油株式会社(以下単に被告会社と称する)に雇われ、同会社の松本支店勤務の販売員である。

二、被告美谷青森は昭和三十四年四月六日被告会社の用務で、原動機付自転車を運転して、毎時約二十五粁の速度で幅員七米の長野県南安曇郡豊科町大字豊科一、〇一六番地先の非舗装国道を道路左端に沿つて進行中、前方を自転車に乗つて被告美谷と同方向に向つて進行中の訴外金学斌(当時五十三歳)を追越そうとしたが、同訴外人は自転車の荷台に高さ約四十糎、幅約八十糎の茶箱を積み進行して居り、一方道路右方には十分の余裕があり、他に通行車輛歩行者等はなかつたのであるから、このような場合原動機付自転車の運転者たる被告美谷は、右訴外金学斌の姿勢進路を注視し、同訴外人との距離が至近に迫らないうちに把手を右に切り、十分な間隔をとつて安全を確認しながらその右方を進行して追越し、危険の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があつたのにこれを怠り、同訴外人の後方約三、五米に迫つてはじめて把手を右に切り、同訴外人の右方すれすれに殆んど間隔をとらずに追越そうとした過失により、自転車の荷台に積んだ茶箱の右端に原動機付自転車の把手左端附近を接触させ、同訴外人を自転車もろとも路上に転倒させ、よつて同人に脳底骨折、頭蓋内出血の重傷を負はせ、そのため同月十三日午前六時二十分、同郡同町豊科赤十字病院において死亡するに至らしめたものである。

三、右の事故は全く被告美谷の過失に起因し、且被告会社の営業に従事中惹起したものであつて、これによつて右訴外金学斌および原告等の蒙つた損害は、被告美谷が被告会社の事業の執行につき生ぜしめたものであるから、民法第七一五条第七一九条により被告等は連帯して原告等に対し右損害を賠償する義務がある。

四、訴外亡金学斌は生前菓子の行商により生計を立て、家族六名を養つていたものであつて、その年収は約三十六万円あり、同訴外人の生活費は年約十二万円であるから、その純収入は年二十四万円であつて、同訴外人は平素健康体で右死亡当時満五十三歳であつたから、本件事故がなかつたとすれば、同訴外人は短くとも向後十九年以上はその業務に従事し得たものと謂うべく従つて右十九年間に得べかりし純収益合計金四百五十六万円を喪失し、これと同額の損害を蒙つたものである、よつて被告等に対しこれが賠償として右金額より「ホフマン」式計算法により年五分の中間利息を控除した金二百三十三万円を一時に請求することができるのであつて、法例第二七条第三項により右訴外金学斌の属した本国法により相続分を考えると、同訴外人の長男である原告金白圭が右訴外人の死亡によりこれを相続し、右損害賠償請求権を承継取得したのである。

五、次に原告等はいずれも右訴外人の収入によりその生活を維持して来たもので、いずれも無財産であるが、右学斌の死亡により生活に困窮をきたし、夫々精神上甚大なる苦痛を蒙つたから、被告等は原告等に対し連帯して相当の慰藉料を支払う義務があるところ、原告黄古斗は金二十万円、その他の原告は夫々金十万円の支払を得て僅かに慰藉せらるべきである。

六、よつて原告黄古斗は金二十万円の(慰藉料)原告金白圭は金二百四十三万円(金学斌死亡損害金二百三十三万円および慰藉料十万円)その他の原告は夫々金十万円の各賠償を被告等に請求する権利があるが、取りあえずその内原告金白圭は金五十万円、その他の原告は各金二万円の支払を求めるため、本訴に及んだ

と述べ、被告等の主張事実を否認し、立証として甲第一号証乃至第十四号証を提出し、調査嘱託にかゝる厚生省大臣官房統計調査部からの平均余命についてと題する書面、外務省アジア局北東アジア課の回答書ならびに該回答書添付の口上書(写)の翻訳についての回答書、原告黄古斗、同金白圭各本人尋問の結果を援用し乙第一号証の成立は不知と述べた。

被告等訴訟代理人は、「原告等の請求はいずれもこれを棄却する、訴訟費用は原告等の連帯負担とする」との判決を求め、答弁として、

一、原告等主張の請求原因事実中、被告美谷と被告会社との関係が原告等主張のとおりであること、原告等主張の日時にその主張の場所で被告美谷と訴外亡金学斌との間に交通事故が発生し、そのために右訴外金学斌が原告等主張の場所たる豊科赤十字病院において死亡したことは認めるが、原告等相互間ならびに原告等と訴外亡金学斌との間の身分関係、右訴外亡金学斌の生前の職業、年令、収入、純益、扶養家族等の点はいずれも不知、その他の原告等の主張はすべて争う。

二、被告美谷は被告会社は雇はれ、その松本支店に駐在する販売集金等を担当するものであるが、同被告は昭和三十四年四月六日被告会社の売掛代金徴集のため、同会杜松本支店にはその設備がなかつたので、第三者から借用した原動機付自転車を運転して大町市に向つたが、大雪のため大町市へ到り得ず、帰途について時速二十五粁位の速度で原告主張の本件事故現場にかゝつたが、同被告が南北に走る本件道路の東側沿いに北方から南方に向つて進行中、その前方を同一方向に訴外亡金学斌が自転車の荷台に原告等主張のような茶箱を乗せて乗車し進行していたが、このとき前方から七屯積のトラツクが進行してきたので、被告美谷も訴外亡金学斌も該トラツクを避けなければならず、一方速度の相異から同訴外人の自転車は被告美谷の原動機車に次第に詰められ、同訴外人は右トラツクを避けつつ後方の爆音で被告美谷の車の切迫を覚知したものの如く、そのハンドルを左に切つたので、被告美谷はやゝ速度を落しつゝ安心して右訴外人の車を追い越そうとしたが、その際同訴外人が一旦左に切つたハンドルが急にもたつき、殊にその自転車の荷台が少しも左方に曲らず、遂に被告美谷の原動機車の一部が右訴外人の自転車荷台の茶箱に触れて、該自転車が倒れ、その勢いで同訴外人は道路上に抛り出されたように転倒し、身体を路上に強く打つたもののようであつて、本件事故の発生は右のような一瞬間の出来事である。

三、訴外亡金学斌は病院に運ばれ、警察官によつて現場が検証され同訴外人の乗用車を起そうとしたが、荷台の茶箱が重くて起すことができず、茶箱を外して自転車を起し、後に茶箱を開いて検証したところセメント袋二袋にかけて白米一俵(六十瓩)が存在していることが判明したもので、従つて同訴外人が非常に重い荷物をつけて軽い自転車に乗つていたため、自力で自己の自転車のハンドルを思うように取り扱うことができず本件事故が発生したものであつて、本件事故は全部同訴外人の重過失のみによつて発生したもので、原告主張のように被告美谷の過失によるものではなく、被告美谷にとつては不可抗力であつたというべきである。

四、仮に被告美谷に多少の過失があつたとしても、これは前記亡金学斌の重過失と過失相殺を施してなお先方に余りがでる次第で刑事責任とは異るから、被告美谷に損害賠償の責任はなく、また右のような情況からは慰藉料支払の義務も生じないものと解する。

五、訴外亡金学斌の所持していた白米は統制物資であり、同訴外人はいわゆるやみ取引をしたものと思われるので、この点も本件請求金額算定にあたり考慮せらるべき事項である。

六、仮に本件事故につき被告美谷に責任があるとしても、その責任は極めて少さく、また被告会社には本件事故につき被告美谷に責任がある場合でも、民法第七百十五条第一項但書により被告会社には責任がない。すなわち、被告会社としては被告美谷に原動機付自転車を設備してやつたことはなく、たまたま被告美谷が第三者から被告会社の予期しなかつた車を借用して外出し本件事故を発生せしめたものであり、而も被告美谷は運転資格を有しているもので、被告会社としては被告美谷の選任について過失がなく、日常十分に監督しており、且右の事情からして本件事故は被告会社において相当の監督をしていても発生したものであるから、被告会社は被告美谷の選任監督についても過失がなかつたというべきである。従つて仮に被告美谷に責任があつたとしても、被告会社は民法第七百十五条第七百十九条による責任を負うべきものではない。

七、原告等間の身分関係が原告等主張のとおりであるとしても、本件の場合は大韓民国の民法によらなければならないが、これによると同国では妻及び女子には一切の相続を認めておらず、また二男以下の男子にも相続権がなく、被相続人の全財産は長男の独占相続するところであるから、本件損害賠償請求の部分については、ひとり原告金白圭のみその請求権を有し、他の五人殊に妻たる原告黄古斗、女子たる原告金恵淑、同金英淑の如きは直接間接に何等相続人たる地位にないものである。

八、原告等のうちには三名の三十歳に達しないものがあるが、韓国法下の成年は満二十年か否か不明であり、却つて韓国固有法は満十五歳をもつて成人即ち成年と見ていたのであるから、本件において二十年未満の原告等三名を未成年者とすることはこれを争う。

九、次に三名の原告等が未成年者であるとすれば、韓国法では異姓者に親権は与えられないので、親権は父、父なきときは父の父たる祖父の順に与えられ、母ならびに母系の親族には親権は存在しないので、原告黄古斗には前記三原告の法定代理人たる資格はない。これは韓国固有法上「同姓めとらず、異姓養わず」の基本的鉄則に由来する人倫の基本たる身分法上の大原則であるから、仮に原告金漢圭、同金恵淑、同金英淑三名が未成年者であるとすれば、原告黄古斗の法定代理権を否認する。正当に法定代理権を有する者は亡金学斌の父又は同人の父系の直系尊属であり、これらの者が死亡しておれば、韓国法によつて後見が開始せらるべきである。

以上の次第であるから、原告等の本訴請求は理由がないとして棄却せられるべきものである。

と述べ、立証として乙第一号証を提出し、調査嘱託にかゝる外務省北東アジア課からの口上書ならびに生命保険協会事務局長の回答書、被告美谷青森、同会社代表者磯谷博各本人尋問の結果を援用し、甲号各証の成立を認め、甲第九号証のうち現場の模様の(2) (3) の記載ならびに甲第十号証乃至第十二号証および第十四号証はいずれもこれを利益に援用すると述べた。

理由

一、被告美谷が被告会社に雇われ、同会社の松本支店勤務販売員であること、被告美谷が昭和三十四年四月六日被告会社の用務で原動機付自転車を運転して長野県南安曇郡豊科町大字豊科一、〇一六番地先の非舗装国道にさしかゝつた際、同方向に向つて自転車で進行中の訴外金学斌を追越そうとして同訴外人と接触し同人が脳底骨折、頭蓋内出血の傷害を受け、その結果同訴外人は同月十三日午前六時二十分頃同郡同町豊科赤十字病院において死亡するに至つたことは、いずれも当事者間において争がない。

そして成立に争のない甲第一号証乃至第八号証に原告黄古斗同金白圭各本人尋問の結果によれば、原告黄古斗は訴外亡金学斌の妻、原告金白圭は同人の長男、原告金寅圭はその二男、原告金漢圭はその三男、原告金恵淑はその二女、原告金英淑はその三女であることが認められる。

二、そこで本件事故の発生が原告主張のように被告美谷の過失に基くものであるかどうかについて審按するに、成立に争のない甲第九号証(司法巡査作成の実況見分調書)同第十号証乃至第十二号証(被告美谷の司法警察員および検察官に対する供述調書)同第十四号証(略式命令)および被告美谷青森本人尋問の結果並びに前記争のない事実を併せ考えると、被告美谷は昭和三十四年四月六日被告会社の石油販売の商談のため、訴外成瀬雄一所有の第二種原動機付自転車を借用の上これを運転して大町市に向つたが、道路が悪かつたため途中から引返し、松本市に帰る途中同日午後零時二十分頃原告等主張の国道を北方から南方に向い時速約三十五粁で進行し本件事故現場附近にさしかゝつたが、その約四十米位前方東側を自転車の荷台に原告等主張の大きさの茶箱を載せて同一方向に進行して行く被害者の訴外金学斌を発見したのであるが、同人の後方約二十米位の地点迄接近した際前方からトラツクが進行してきたので、該トラツクとすれ違うためその速度を時速約二十五粁位に落してこれに注意しながら右トラツクとすれ違つたが、被害者を追い越そうとして同人の後方約四米位の距離に迫つてはじめて被害者の右側に出るべく把手を右に切り、同人の右方すれすれに殆ど間隔をとらずに追越そうとしたところ被害者が突如その自転車の把手を右に切るようによろめいてきて、被告美谷の原動機付自転車の把手左端が被害者の乗つていた自転車荷台に積んでいた茶箱の右端と接触し、その後被告美谷はブレーキをかけたが及ばず、右金学斌は前記接触のため自転車もろとも道路左端に倒れ、その結果同人は前記のような傷害を負い、そのため同人は死亡するに至つたことが認められる。被告等は、本件事故は被告美谷にとつては不可抗力であつた旨主張するが、同被告の過失によつて惹起したものであることは後段認定のとおりであるから、被告美谷はその責任を免れ得ない。

右の場合原動機付自転車の運転者としては被害者たる金学斌の姿勢や進路を注視し、一方道路右方には十分の余裕があつたのであるから、同人との距離が至近に迫らないうちに把手を右に切る等して十分な間隔をとつて安全であることを確認しながらその右方を進行して追い越し、もつて事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があつたにもかゝわらず、右の認定事実によれば被告美谷が原動機付自転車の把手をもう少し右に切つて被害者との間に十分な間隔をとるとか、トラツクとすれ違つた直後被害者との距離が至近に迫らないうちに道路中央附近にでて追越し態勢に入れば、十分に事故回避の措置をとり得たであろうと思われるのに、前の記の注意義務を怠り同人との距離が至近に迫つてから急に把手を右に切り、たまたま被害者が自転車荷台に重い荷物をのせていたところから、左によろめいてきて被告美谷の前にでたことが認められるから、本件事故は右認定の被告美谷の過失に基因するものといわなければならない。

三、しかしながら前記成立に争のない甲第九号証および第十号証と被告美谷青森本人尋問の結果ならびに前段認定の事実によれば訴外金学斌が自転車に乗つて本件事故現場附近の道路を通行するにあたつて、その自転車の後部荷台には木製の茶箱を積んでおり、而もその茶箱のなかには重量約六十瓩にも及ぶ白米が入つていて、その重さのため自転車の進行に重心を失つてその把手も十分思うようにとれない状況にあつたことが認められるので、同人が自転車積荷のためによろめいて来て被告美谷の運転する原動機自転車の前附近に出たであろうと考えられるからかゝる状況のもとにあつては少くとも同人は自転車といえども他の車と接触しないように一旦自転車を停車するなりの措置をすべきであるのに、右認定の事故状況に鑑みるときは、被害者においてその後部荷台に重量のある荷物の入つた茶箱を積んだ自転車に乗用し、前記のような注意をしなかつたこともまた本件事故を惹起するに至つた一因というべく、本件事故の発生には被害者の過失が多分に加功したものであることもまた認めなければならない。従つて本件事故については単に被告美谷の過失のみならず、被害者たる亡金学斌の自転車使用についての過失もまたその一因をなしたものであると考える。

四、被告美谷は被告会社の被用者であり、被告会社の用務にて大町市に赴いての帰途に本件事故を惹起したことは、前記のとおりであるから、本件事故は被告会社の業務を執行するにつき発生したものといわなくてはならない。従つて被告会社は被告美谷の使用者として、同被告が被告会社の業務執行中に起した本件事故従つて金学斌の死について民法第七百十五条により原告等に対して被告美谷と共同して損害を賠償する義務があるものというべきである。

被告等は、本件事故発生につき被告美谷に責任があるとしても被告会社は被告美谷の選任監督につき過失がなかつたのであるから、民法第七百十五条第一項但書によつて、被告会社には損害賠償の責任はないと抗争するので考えるに、被告会社代表者磯谷博本人尋問の結果およびこれにより成立の認められる乙第一号証によれば、被告会社本社からその配下松本出張所その他に対し昭和三十三年十二月交通事故発生防止に関する通達を発し、被告会社所有の車輛以外の運転はたとえ免許証持参者も一切行わない様にし、かゝる行為については、被告会社として一切責任を負わない旨を言明してその監督方法を講じていたことが認められるが、例え右のような事実があつたからとはいえ、被告会社が本件事故発生の責任を免れ得べき程度に十分具体的な選任監督の方法を講じていたものとは未だ認めがたいので、被告等の右抗弁も採用することができない。

五、よつて進んで本件事故につき被害者たる訴外亡金学斌および原告等の蒙つた損害の額について考えるに、成立に争のない甲第八号証と原告黄古斗、同金白圭各本人尋問の結果によれば、訴外亡金学斌は明治三十九年四月四日生の韓国人男子であつて、本件事故による死亡当時年令満五十三才の普通の健康体であり生前菓子の行商により生計を立てゝいたが、特に資産はなく、右行商により一ケ月平均して金三万円程度の収入を挙げていたが、その菓子買入等の必要経費として一ケ月平均約金一万円の費用を要していたので、一ケ年平均して約二十四万円の利益を挙げていたこと、他面同人の死亡当時においては同人のその問屋に対する借金は計金二十万円以上の額に達しており、毎月の収入のうちからこれを支払うことができなかつたこと、本件事故当時原告金白圭は東京都に居住してビクターオート株式会社に検査員として勤務していたもので現在迄独身の生活であり、その月収は約二万七千円位を得ており、現在は同原告が母である原告黄古斗を扶養していること、原告金寅圭は本件事故当時より東京都立大学に通学しており、金学斌の生前は同人において同原告に一ケ月約六千円位の送金をしていたこと、原告金漢圭は本件事故当時より長野鉄道管理局に勤務していること、右金学斌は本件事故発生当時はその妻たる原告黄古斗およびその二女たる原告金恵淑、その三女たる原告金英淑の三名とともに長野県南安曇郡三郷村七日市に居住していたことが認められ、また右金学斌の生活費が一ケ年約金十二万円であつたことは原告等の自ら主張するところであるから、以上の事実からして同人が毎月の収入より必要経費ならびに生活費その他の費用を控除した金額である約金一万円をその純収益として毎月得ていたものと推測するのが相当である。

亡金学斌の生前得ていた純収益は、以上認定のところからして一ケ月につき金一万円とすべきを相当とするので、一年につき金十二万円に上るところ、外務省アジア局北東アジア課からの回答に基く韓国政府関係当局の有する統計によれば、五十三才の韓国人男子の余命年数は十五年八月であることが認められるが、右認定のような金学斌の菓子行商の職にあつては、その後年死亡時まで前認定のごとき所得を確保し得たであろうかは、疑問の余地なしとしないが、少くとも満六十五才までは稼働によつて前認定の収入を確保し得たであろうと推定するのが相当であるから、してみれば右金学斌は少くとも同後十二年間は前記認定の収入を継続して得たであろうことが推測できるので、亡金学斌の得べかりし利益の喪失は余命を十二年として金百四十四万円に達するものというべく、原告等主張の如くホフマン式計算法によつて年五分の中間利息を控除すれば、金九十万円に達すること計算上明らかであるので、亡金学斌は被告に対して同額の損害賠償請求権を有するものというべきである。

しかしながら前段認定のように本件事故発生については被告美谷に過失があるのみならず、被害者である亡金学斌においても相当高度の過失があつたものというべく、被害者の過失と被告美谷の過失と相俟つて本件事故を惹起したものであるから、損害賠償請求権の額の点について過失相殺として斟酌するのを相当と考えるので、前記認定の損害賠償請求権はその四分の一に減じた金二十二万五千円とするのを相当とする。

そして外務省アジア局北東アジア課からの「韓国民法相続権に関する問合せに回答の件」と題する書面に添付の韓国代表部からの一九六〇年三月三日付口上書(写)(ならびに該口上書の翻訳についての回答書)によれば、韓国控訴院による裁判例では長男が死亡した家長の財産を相続する資格があり、二男と三男は相続財産の或る割合の分け前を長男に対して請求する権利を有するのみであることが明らかであるから、前記金学斌の死亡による同人の相続人はその長男である原告金白圭のみであるというべきである。従つて法例第二十七条第三項により右金学斌の属した本国法による相続権を考えると、同人の長男である原告金白圭が同人の死亡によりこれを相続し、同人の右損害賠償請求権を承継取得したのであるから、原告金白圭はその権利として右金二十二万五千円の賠償を求め得べきである。

六、次に原告等の慰藉料の額について考えるに、原告黄古斗同金白圭各本人尋問の結果によれば、前記亡金学斌は一家の支柱となつて稼働していたもので、原告金白圭、同金漢圭を除くその他の原告等はいずれも金学斌の収入によりその生活を維持してきたものであるが、同人の不慮の死によつて原告等がその後の生活に困窮を来たしたことが認められ、また原告等が同人の死亡によりかなりな精神的打撃を蒙つたことは想像に難くないけれども、前認定のように被害者の金学斌にも過失があつたことも斟酌すべきであるから、原告等の身分関係、被告美谷は同人に対し見舞金として金五千円を贈つた外は何らの賠償をしていないこと、被害者の年令、被害者、加害者の各職業、被告美谷の収入、被告等の資産その他の事情を考慮して、原告等の蒙つた精神的苦痛に対する慰藉料の額は、同人の妻たる原告黄古斗に対しては金五万円、同人の子たるその他の原告等に対しては各金二万円をもつて相当と考えるが、原黄古斗は本訴において被告等に対し慰藉料として金二万円の支払を求めているに過ぎないので、被告等はその範囲内たる金二万円の支払をなすべきをもつて相当とする。

七、なお被告等は、原告等のうちには三名の二十才に達しないものがあり、同原告等が未成年者であるとすれば、韓国法では母ならびに母系の親族は親権者たり得ないから、原告黄古斗には右原告等三名の法定代理人たる資格はない旨主張するが、韓国においても満二十才をもつて成年とすることは我が国と異るところはなく、原告等が本訴を提起した昭和三十四年十月二十三日当時施行されていた韓国民法中第四編第五章親権の規定の内には「未成年の子は、親権を行う父又は母が・・・」なる字句が散見され、また本訴提起後である一九六〇年(檀記四二九三年)一月一日から施行された大韓民国における新民法においては、その第四編親族第三節親権としてその第九百九条第二項に、「父がいないか、其他親権を行使することのできないときは、その家にある母が親権を行使する」との規定があり、更に附則第二十一条によれば「旧法により親権者である母が、親族会の同意を要する事項に関してその同意なく未成年者を代理する行為あるいは未成年者の行為に対する同意をした場合にも、本法施行日後はこれを取消すことができない」と規定せられているのであるから、法例第二十七条第三項により原告黄古斗は母として原告等のうちその未成年の子について父なきものとして親権を行使すべく、本件弁論の全趣旨に徴すれば原告金漢圭、同同金恵淑、同金英淑の三名は二十才に満たない未成年者であることが明らかであるから、母たる原告黄古斗は右原告等三名の親権者となるものというべく、従つて右原告黄古斗は右原告等三名の法定代理人たる資格を有するものと解すべきであるから、被告等の右主張はこれを採用することを得ない。

八、以上を綜合すると、結局被告等は各自、原告金白圭に対し前記五で認定した損害賠償債権と六の慰藉料との合計金二十四万五千円その他の原告等に対し慰藉料各金二万円ずつ、およびこれに対する本件各訴状送達の日の翌日であること記録上明らかな被告美谷は昭和三十四年十一月二十五日、被告会社は同月二十四日以降、右金員完済に至る迄年五分の民事法定利率による遅延損害金を支払うべきであり、原告等の各本訴請求は以上の範囲において正当であるからこれを認容し、その余の部分は失当として棄却することゝし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十二条本文、第九十三条第一項本文を、仮執行の宣言につき同法第百九十六条第一項を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 柳原嘉藤)

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